私の借金は、目に見えないものでした。天国から地獄。

2000年頃、私には借金がありました。当時、私は公務員だったので収入も普通にありました。

私は、地方の小都市で仕事をしていて、クルマがないと生活できない環境でした。
なので、クルマに少々お金をかけ、ヘッドライトを交換したり、タイヤやホイールにお金をかけたりしました。

毎日クルマに乗る暮らしなので、交通事故の被害者にも、加害者にもなりました。
交差点で誤って、追突事故の加害者になった時は、被害者が土建屋のオヤジで、車の修理代と、治療費と別に、20万円の見舞金を取られました。
この見舞金は違法なお金ですが、当時の私は公務員の地位を失いたくなかったので言いなりになって払いました。

その他に私は楽器の趣味があり、機材やら、アンプやら、ボーナスで払えばいいとタカをくくって、数十万の買い物をしていました。

私はその頃1人暮らしで、手抜きで自炊もせず、コンビニで安く上げることもせず、食堂で、毎日、毎食、済ませていました。

仕事で着るスーツも、ボーナス払いということで、十数万円のスーツを夏・冬、ボーナスごとに新調していました。

ここまで話せば、みなさんも、見当がつくと思いますが、地方公務員の給料とボーナスが、いかにしっかりしているとはいえ、毎日食べたいものを食べ、飲みたいものを飲み、スーツも買い、クルマにも手を入れ、趣味を謳歌していれば、家計は赤字になるのは明白です。

月のカード支払額が、数万円から数十万円台に乗り、銀行引き落としの額も、月収にどんどん近づいていきました。

その時の借金の総額が、利子も併せて、200万円弱。

ある日、その総額に気がついて、さすがに青くなり、銀行の「借り換えローン」に走りました。
しかし銀行の担当さんは、銀行の利益が出ないからでしょう。まったく相手にしてくれませんでした。

ここで、サラ金に走ったら、さらに事態は悪化すると思って、踏みとどまって、その日から、禁欲生活に入りました。

ボーナスを全額借金にあて、財形貯蓄を全額解約し、持っている貯金を全部吐き出せば、1年くらいで、生活しながら、なんとかなる額だったのが幸いでしたが、私の生活は何がいけなかったのでしょう。

クルマに乗ることも、スーツを買うことも、楽器を買うことも、おかしなことではありません。でも、収入と支出のバランスを見ていなかった。ただそれだけです。

お金を上手く活かしていくには、収入と支出のバランスが、肝なのですが、若いころの私は、お金が自由になることばかり考えて、返すことを考えていませんでした。

「ボーナス」という魔法の言葉に酔っていたのです。

今、私は訳あって、ボーナスのない暮らしになりました。
1日、バカなことをすれば、自分が損をする。
1日、きちんとすれば、そのうち、プチ贅沢もできる。
わかりやすくて、無駄遣いをしない暮らしです。

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